2018年08月27日

「塔」2018年8月号(その1)

 湖向ける椅子にしばらくまどろめり覚めたる後もまどろむ如し
                      岩切久美子

滋賀県に住む作者なので「湖」は琵琶湖のことだろう。目覚めた眼に映るのは一面の湖。その夢とも現ともつかない感じが下句にうまく出ている。

だれからの土産だったか分からないペーパーナイフの切れ味にぶる
                      岡本幸緒

土産にもらったということだけ覚えているのである。切れ味が良かった時は何も考えずに使っていたのが、切れ味が鈍って初めて来歴を考えたのだ。

 もしわたしが石になったら触れられてもわたしは石にならなくて済む
                      白水ま衣

他人に触れられると無意識に身体が竦んでしまうのだろう。恋人との関係を詠んだ歌だと思うが、「石になったら」という想像が何ともせつない。

 降ろされて夜に並べる鯉のぼりまなこ開きしままに眠れり
                      炭 陽子

空から降ろされて地面や床に置かれている鯉のぼり。閉じることのできない丸々とした眼を見開いたまま、動くことなく静かに横たわっている。

 三つ編みに髪を結われている二分小さき娘の眼はよく動く
                      杜野 泉

おそらく母親に髪を結われている娘の姿を前から見ているのだろう。二分という短い時間ではあるが、身体を動かせない分、眼があちこち動く。

 幾度も同じ絵本を読めと言ひ違ふ箇所にて子が笑ふなり
                      益田克行

お気に入りの絵本の読み聞かせをしている場面。毎回同じ個所で笑うならよくわかるが、「違ふ箇所」で笑うのが幼い子ならではの不思議なところ。

 浜辺には息絶え絶えの鯨おり我が身の重さはじめて知って
                      王生令子

時々、浜辺に打ちあげられてしまった鯨がニュースになることがある。陸上にあがって浮力を失った身体は、もう自力で海に戻ることもできない。

 いちばんいちばん同じこと言ふ力士たち一番一番鬢ととのへて
                      松原あけみ

力士のインタビューを聞いていると、「一番一番がんばります」といった答が返って来ることが多い。一日一番の積み重ねで十五日間を送るのだ。

posted by 松村正直 at 07:58| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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