
2013年から2017年までの作品466首を収めた第10歌集。
十階の劇場までを函に乗り凍れる魚となりて運ばる
雨の日の花舗の奥には岬から丘へとつづく径(みち)あるごとし
キャロライン・ケネディを乗せ馬車は行くただ紅葉の美(は)しき日本を
この悔しさ友には告げず味方してくるればさらにかなしきゆゑに
日の射さぬ工場のなか六十年働く心臓ありてわが生く
泉質の変はるがごとくをみな老ゆ産みたる者も産まざる者も
濯がれし繃帯あまたゆふかぜになびきてゐしや敗戦の夏
夢のなかで誰とはぐれしわれならむはぐれたること少しうれしく
スペアキイできあがるまで散歩せり川面(かはも)にあはく影を映して
渓流に触れし右手を左手はうらやみてをり秋の甲斐路に
眼圧を測らむと機器覗くとき見知らぬ丘に立つ心地せり
身のうちに十字架秘めてゐるならむ空ゆく鳶の大きく見ゆる
東京を時速二百キロで離りゆくわが人生よシウマイ食べつつ
女子トイレの多さは少女(をとめ)のあきらめし夢の数なり大劇場の午後
オバマ氏と日本に来たる「黒いカバン」新大統領のパレードにも見ゆ
1首目、エレベーターに乗っている時は誰もがじっとしている。
3首目、オープンカーに乗って暗殺されたケネディ大統領の姿が重なる。
4首目、味方してもらったら嬉しいのではない。かえってみじめになるのだ。
6首目、女性の老いに関する歌が目に付く。初二句の比喩が印象に残る。
8首目、はぐれて心細かったり悲しかったりしたのではない。
9首目、「スペア」と「影」がかすかに対応している。
12首目、真下から見ると鳶がきれいな十字の形になっていたのだ。
13首目、東京から新幹線に乗って崎陽軒のシウマイ弁当を食べている。
14首目、「女子トイレ」から「あきらめた夢」への展開に胸をつかれる。
15首目、核ミサイルの発射ボタン。常に大統領の傍にある。
直喩の「ごとし」や見立てなどの比喩表現、ものの内部を透視する視線や幻想・空想的な発想に特徴がある。いずれも言葉の力によって現実とは少し違う世界を歌の中に出現させている。
2018年7月24日、現代短歌社、2700円。