岡野弘彦の歌集『天の鶴群』(1987年)に、「いるか漁」25首がある。
うらうらと照る日かすめる沖べより舳(へ)さきおし並め舟きほひくる
大島の風早岬はるかなる潮路の涯ゆ追ひ迫るらし
三重(みへ)に張る網つぎつぎにしぼられて五百のいるか湾にひし
めく
まずは最初の3首。
2首目の「風早岬」は伊豆大島にあるので、これはかつて伊豆半島の川奈や富戸で行われていたイルカの追い込み漁に取材したものであろう。何隻もの船でイルカの群れを湾へと追い込み、網で仕切って外へ逃げられないようにして捕獲するのである。
冬凪ぎの海原とほく追はれきているかは啼けり低き鋭声に
蒼浪のうねりを越ゆる雌(め)いるかの姙(みごも)れる腹しろくつや
めく
湾内に追い込まれたイルカたちの様子である。
激しい鳴き声を立てるイルカの中には妊娠中の雌のイルカもいる。
浮きいでて苦しき息を衝ける背に鳶ぐち打ちて引き寄するなり
岩むらの上にのりあげ口吻(くちさき)に血を噴きてゐしそれも死に
たり
砂の上に切り据ゑられしいるかの首その幾つかは生きてあぎとふ
いよいよイルカの捕獲の場面。
浅瀬に追い込んだイルカの背に鳶口を引っ掛けてナイフでとどめを刺す。
砂浜に並べられたイルカの首はまだ生々しく動いている。
ひたすらに立ち働けるおほよそはわれより老いて頰骨さびしき
浜の火に濡れそぼつ身を寄せあひて屠りしのちの顏くらくゐる
肉削ぎしいるかの骨を背に負ひて夕べの浜を帰りゆく女
イルカ漁に従事する漁師とそれを手伝う女性たちの姿。
捕獲したイルカは浜に引き揚げられ、すぐに解体処理される。
3首目は、骨を持ち帰って何かに使うのだろうか。
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伊豆半島でのこうしたイルカ漁は、2004年を最後に、現在はもう行われていない。