2018年07月12日

福士りか歌集 『サント・ネージュ』


2010年から2017年までの作品430首を収めた第4歌集。
作者は青森県で中高一貫校の教員をされている。

水を恋ひ水を見に行く田植ゑまで少し間のある大潟村へ
蟹(キャンサー)のゐなくなりたる潮だまり月の夜にはさざ波が立つ
火のかたち見えねば寒いといふ祖母の部屋に置きたり朱のシクラメン
長靴のなかで脱げたる靴下のほにやらほにやらに耐へて雪掻く
一ファンとなりて生徒の名を叫ぶ九回の裏二死走者なし
聞こえくる雪解けの音新入生三十人が辞書を繰るとき
中骨をはづせば湯気のたちのぼる露寒(つゆさむ)の夜に焼くシマホッケ
一〇〇歳の祝賀に集ふ親族の笑みつつ生前葬の寂しさ
連結する列車のごとくキクキクと車が進む朝の雪道
東通(ひがしどほり)村を抜ければ六ヶ所村 産院・斎場並べるごとし

1首目、秋田県の大潟村は、もともと八郎潟を干拓してできた村。一面の水張田が湖のように見えているのだろう。
2首目、穏やかな浜辺の光景のように詠まれているが、「キャンサー(=癌)」とあるので手術の歌である。歌集の中で一番印象に残った。
3首目、暖房が炎であった時代に生きてきた祖母。赤い色が欲しいのだ。
4首目、雪深い土地ならではの歌。気持ち悪くてもそのまま作業を続けるしかない。
5首目、勤務先の高校が甲子園に出場した際の歌。敗色濃厚なこの歌で一連は終わる。
6首目、「雪解けの音」に喩えているところがいい。春の気分が滲んでいる。
7首目、箸を付けて食べ始める様子に臨場感があり、何とも美味しそうだ。
8首目、めでたい場であるはずなのに、どこか寂しさを感じてしまう。
9首目、徐行しながら慎重に進む車の列。初・二句の比喩が良い。
10首目、東通村には原発が、六ケ所村には放射性廃棄物埋設センターがある。

2018年5月12日、青磁社、2500円。


posted by 松村正直 at 00:01| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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