2018年06月22日

内藤明歌集 『薄明の窓』


2008年から2015年の作品544首を収めた第6歌集。
「現代三十六歌仙」シリーズ31。

奇つ怪な形のままにふくらみて紙のマスクがベンチにわらふ
やり直しきかぬ齢と知る時に空也の脛を思はざらめや
玻璃のそと渡り廊下を行く人は両手に髪を押さへつつゆく
ゆつくりとカッターの刃を押し出してまた押し込める灯(ともしび)の下
もう少しゆけばかならず楽になる楽になるとぞ歩み来たれる
馬偏に主(あるじ)と書きてとどめ置く車ならざるまぼろしの馬
明日のため残し置かむと短編の半ばを過ぎてあかりを消しぬ
海を背に建つ良寛堂宝暦八年山本栄蔵生れしところ
菊姫で口を浄めてのどぐろのねめる刺身を舌に載せたり
指先は手術の痕に触れてをり一筋細く盛り上がる皮膚

1首目、使い終わったマスクが捨てられているところ。妙になまなましい。
2首目、有名な六波羅蜜寺の空也上人立像を思い浮かべているのだ。
3首目、建物と建物の間の渡り廊下を風が吹き抜けている。
4首目、目的があるわけではなく、何か考えごとをしているのだろう。
5首目、こう思いつつ最後まで「楽になる」ことがないのが人生か。
6首目、「駐」という字に「馬」がいることからの発想。
7首目、読み終えてしまうのがもったいないくらいの本だったのだ。
8首目、「山本栄蔵」は良寛の俗名。生まれた時はまだ「良寛」ではない。
9首目、日本酒と刺身の歌であるが、官能的な言葉選びになっている。
10首目、無意識に触ってしまって、手術のことを思い出すのである。

2018年5月10日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 12:55| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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