2018年06月07日

「塔」2018年5月号(その1)

 うどん屋は二階にありて窓に触るる冬のケヤキを見ながら啜る
                       上杉和子

地上から高いところにある欅の枝や葉が、二階の席からは間近に見えるのだ。よく伸びた枝葉が店の窓ガラスをこするように風に動いている。

 イメージは火を噴くゴジラできるだけ白く遠くへ息吐く冬日
                       なみの亜子

外はかなりの寒さで吐く息がまっ白になる。でも、作者の気持ちは縮こまることなく、むしろ自らを鼓舞するように思い切り息を吐き出すのだ。

 夫の額とわれの額と二度いききせし手のひら 熱はあらざり
                       久岡貴子

熱があるかどうか確かめるために夫と自分の額に交互に手を当てる。一度でははっきりわからず「二度」やってみたのだ。夫婦の親しさを感じる。

 葺く人の屋根に置きゐるラジオより流れ来る「霧氷」居間に聞きたり
                       山下太吉

屋根を葺く仕事は重労働で時間もかかるので、職人はラジオを聞きながら作業している。上空からラジオの曲が聞こえるという不思議な体験。

 昆虫の名前のごとし片仮名で印字されたるわが姓名は
                       白水ま衣

「昆虫の名前のごとし」という把握がおもしろい。「シロウズマイ」と書かれた自分の名前が、何か新種の得体の知れない生き物のように思えてくる。

 明日という明るき刻が来るものと人ら信じて花苗を買ふ
                       阪上民江

「明日」は「明るい日」と書く。花が咲く日まで元気で生きていることを前提に、誰もが苗を買う。けれども、その日を必ず迎えられるとは限らない。

 「はくちょうはくちばしの先から沈むよ」と凍て空の星を子らに指さす
                       上杉憲一

夏の星座として有名な「はくちょう座」は冬には西の地平線に沈んでいく。下句になって初めて本物の白鳥でなく星座の話だとわかるところが良い。

posted by 松村正直 at 06:15| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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