雑誌「新少女」に9回にわたって連載された「私の生ひ立ち」に、「私の見た少女」4篇を加えて一冊にまとめたもの。与謝野晶子の幼少期の姿や堺の町の雰囲気がよく感じられる内容となっている。
例えば、「火事」という話はこんなふうに始まる。
ある夏の晩に、私は兄弟や従兄等と一所に、大屋根の上の火の見台で涼んで居ました。
「お月様とお星様が近くにある晩には火事がある。」
十歳ばかりの私よりは余程大きい誰かの口から、こんなことが云はれました。そのうち一人降り二人降りして、火の見台には私と弟の二人だけが残されました。
「籌さん、あのお星様はお月様に近いのね。そら、あるでせう一つ。」
「さうやなあ、火事があるやら知られまへんなあ、面白い。」
「私は恐い。火事だつたら。」
「弱虫やなあ。」
幼い姉弟の仲の良い様子や会話がありありと甦ってくる。ここに出てくる「籌さん」(籌三郎)が、「君死にたまふことなかれ」に詠まれた「君」である。
1985年5月10日、刊行社。