与謝野晶子が自選した2963首に、遺歌集『白桜集』から100首(馬場あき子選)を追加したアンソロジー。
第1歌集『乱れ髪』からわずか14首しか選んでいないことからもわかるように、晶子の自選は初期の歌に相当厳しい。晶子自身あとがきに次のように書いている。
後年の私を「嘘から出た真実」であると思って居るのであるから、この嘘の時代の作を今日も人からとやかくいわれがちなのは迷惑至極である。教科書などに、後年の作の三十分の一もなく、また質の甚しく粗悪でしかない初期のものの中から採られた歌の多いことを私は常に悲しんで居る。
昭和13年、晶子60歳の心境である。
三年前の昭和10年には夫鉄幹を亡くしており、晶子自身も昭和17年に亡くなる。
春雨やわがおち髪を巣に編みてそだちし雛の鶯の鳴く
『舞姫』
うすぐらき鉄格子より熊の子が桃いろの足いだす雪の日
『春泥集』
八月やセエヌの河岸(かし)の花市の上ひややかに朝風ぞ吹く
『太陽と薔薇』
難破船二人の中にながめつつ君も救はずわれも救はず
『草の夢』
人形は目あきてあれど病める子はたゆげに眠る白き病室
『心の遠景』
海の気に亭の床几のうるほへば恋し昨日の朝もむかしも
『深林の香』
夕かぜは指を集めてひらかざる白木蓮のたかき枝ふく
『緑階春雨』
麻雀の牌の象牙の厚さほど山のつばきの葉につもる雪
『冬柏亭集』
高きより潮の落ちくるここちして阿蘇の波野の草鳴りわたる
『草と月光』
初めより命と云へる悩ましきものを持たざる霧の消え行く
『白桜集』
さすがに良い歌がたくさんある。
生涯に5万首を詠んだ晶子のエネルギーの一端に触れた思いがする。
2017年5月15日第71刷、岩波文庫、850円。