闇に降る雪が白いのはなぜだらう 灯りを消して眠る集落
久岡貴子
真っ暗な夜に降る雪は黒いかと言えば、やっぱり白い。明りも消えてしんと寝静まった夜に、辺りを包むようにして白い雪だけが降っている。
山襞をひととき深く見せながら冬の光の傾きゆけり
溝川清久
上句の丁寧な描写がいい。太陽の光の当たる角度によって、山の陰翳がくっきりと立体的に見える時があるのだ。季節によっても見え方が違う。
凍りつくフロントガラスに湯をかけて命ふたつを乗せて出かける
歌川 功
白く凍った車のガラスに湯を掛けて溶かす。冬の厳しい寒さが伝わってくる。「命ふたつ」はお子さんだろうか。慎重に運転しなくてはとの思い。
鯛焼きや鳩サブレーを頭より食べる人あり吾は尾より食う
杜野 泉
本物の鯛や鳩ではないからどこから食べても同じなのだが、やはり人によって二派に分かれるだろう。頭から食べるのは残酷な気がするのかな。
子を連れて子ら帰りたりその子らを連れてわたしが帰ったように
本間温子
孫を連れて帰省していた娘が帰っていったところ。かつての母もきっと今の自分と同じ寂しさを味わっていたんだろうなという思いが背後にある。
剝き出しの馬の歯茎のひろびろとけふの畑に麦萌ゆるなり
清水良郎
馬は匂いを嗅ぐ時に上唇がめくりあがり歯茎がむき出しになる。三句の「ひろびろと」が上句の歯茎と下句の麦畑の両方をうまくつないでいる。
禁じたる棚へと猫がまた登る人語解さぬごとき顔にて
益田克行
登っちゃダメと常々言い聞かせているのにまた登るのだ。猫が人間の言葉を理解していることが当然の前提として詠まれているのが面白い。
鳥井金物店と鳥井米穀店並びをり高架駅よりこの街見れば
松原あけみ
同じ家が経営しているのか、兄弟か、親戚か。「金物店」と「米穀店」なので、どちらも古い店なのだろう。見るたびに気になってしまうのだ。
水紋の閉じゆくごとき黙ありぬ遠き窓より星明かりきて
宗形 瞳
水面にできた波紋が小さくなって消えてしまうように、会話がとぎれて黙り込んでしまう。そして星の明かりと静寂だけが部屋に満ちている。