歌集が売れないのは今に始まったことではないようだ。
『歌壇風聞記』(昭和12年)という本を読んでいたら、「自費出版歌集の末路」という章があった。匿名のゴシップネタが多く上品な本ではないのだが、そこにはこんなことが書いてある。
歌集は何時だれがそんな悪例をつくたものか、そのほとんどが自費出版である。オソラクは、若山牧水の『海の声』あたりが元祖ではないかと思ふ。勿論これはヤツガレの当て推量であるが、売込み原稿ではなかつた筈である。
ソモソモ・・・・・・と四角張る必要もなささうであるが、自費出版の歌集は大抵三百部が多く、たまには五百部刷るものがあるかも知れないが、二百、百といふのもある筈だ。
その後、著者は350円払って300部出版した場合の細かな計算をする。
(1冊)一円五十銭としてみんな売れれば四百五十円となり、差引百円の利益となる勘定であるが、それは全部売つての話であり実際にはさうウマク問屋がオロさない。中堅処の某氏の場合を引き合ひにすると、友人や先輩、雑誌社などへ乞高評の為めに無代寄贈が約五十部、実際に売れたのが百部(・・・)結局百二十円の腹切といふ訳である。
だが諸君、これを標準にして、おれも一つなどと野心をおこす様な不心得者はないにしても、これだけの損失で済んだのは、某氏だからであるといふことを忘れては困る。現在相当のフアンを持つてゐる某氏だからそれだけ売れたのである。
事実、その某氏と同じ結社の同人の歌集が、ナント一部も売れなかつたといふ。これはほんとうの話で、おそらく大部分はこの調子であらう。もし諸君が、歌集を自費出版しようとおもふのなら、三百か五百の金をブタに喰はせるつもりでなければならないといふ結論が生れて来る訳である。
何のことはない。80年前も今とそれほど変らない状況だったのである。
夢がないなあと思いつつも、何だか少し安心する。