2018年03月07日

なみの亜子歌集 『「ロフ」と言うとき』


2012年から2016年までの作品413首を収めた第4歌集。

奈良県西吉野村に住んでいた作者。脊椎を損傷した夫との厳しい生活にあって、村の風景や四季の移り変わりを詠んだ歌が大きな魅力となっている。

虻たちの大きく育つ川べりに犬を引きゆく虻はらいつつ
葬儀場の送迎バスは畠山タイヤのまえに人集うを待つ
木の椅子の背より倒れて起きるなく春のあらしに四肢を吹かれぬ
麓に見る車は山にぶらさがる郵便屋は口を縦にあけたり
このごろは近くまで来る夜の鹿の小枝折るおと目つむりて聞く
線路なき五新鉄道谷またぐ谷より巻きあがる蔦を枯らして
垂直に夜をしたたり落ちながら水はまもれり管の凍るを
ぞっとするぞっとするわと自(し)が下肢の薄くなれるをひとは見るたび
虫除けのスプレー汗に流れつつまなこに入るをこらえつつ刈る
冬越せる落葉とともに生きのびしかめ虫はつかむ窓の網目を
雨粒の顔に痛しも雨樋をふさぐ葉を掻く雨合羽着て
月金はパンの入る日大玉の小銭にぎりて西林酒店へ
死のことを思うこの世に石蹴れば犬の二頭は追いて遊べる
峠までとんび三羽の連れだちて空の奥行きひきのばしゆく
冷えも凍ても感覚なれば感覚を失いしひとに厚着を命ず

1首目、「大きく育つ」が印象的。都会の虻とは違うのだ。
2首目、「畠山タイヤ」という固有名詞が効いている。村の暮らしの様子。
3首目、一度倒れたら倒れたままになっている哀れさ。
4首目、事故を起こした車。「口を縦にあけたり」がいい。
5首目、眠りながら小枝の折れる音だけを聴いている。
6首目、ついに開通することがなかった幻の鉄道。谷の深さを感じる。
7首目、水道が凍らないように少しだけ水を出しているのだ。
8首目、自分の足が痩せ細ったのを見る夫。「薄く」が何とも痛ましい。
9首目、手で拭うこともできない。「つつ」を二回使って感じを出している。
10首目、具体的な描写がいい。「かめ虫は窓の網目をつかむ」ではダメ。
11首目、大粒の雨がびしびし顔に当たるのだろう。山の暮らしならでは。
12首目、500円玉を持ってパンを買いに行くところ。
13首目、犬の無邪気な姿にきっと救われているのだ。
14首目、トンビの行方を目で追ううちに空間の見え方が違ってくるのだ。
15首目、下半身の感覚を失った夫。気を付けないと凍傷になってしまう。

「GANYMEDE」に発表された連作2篇(「五新鉄道2013」「ロフストランドクラッチ/陽にかわく草」)は、どちらも重いテーマを扱いつつ完成度が高い。作者の力量が十二分に発揮されている。

2017年12月20日、砂子屋書房、2800円。

posted by 松村正直 at 12:54| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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