2012年から2016年までの441首を収めた第5歌集。
混ざり合う音の流れに探し聴くもっとも低き子の弦の音
鳩のごと胸と胸とが触れてしまう正面から娘が抱きついてきて
芍薬は蜜にまみれてひらけない蕾もあると花師はいいたり
見られいることを知らずに盲目のひとはカップの耳をまさぐる
ポストから少し出ている夕刊と秋明菊が触れて午後四時
甲羅ころんところがるように仰向けに路地に置かるるランドセルはも
うどん啜るようにパスタを食べている父の昼餉の短く終わる
えのころの茎にはとまれずはばたけるままに雀は穂を啄ばみぬ
返事してくれるわけなく夕暮れを再び端から探す自転車
幼子はエアータオルの強風にとばされそうに目をつぶりたり
春巻きの三角のかど閉じてゆく手紙いくつも封するように
ヘアカットのついでのように美容師は鉢の小枝を音立てて刈る
わが腕を唐突に打つ野あざみの 激しさならばまだ胸にある
春の雲つめて作らむ砂時計「あと10分」がわからぬ母へ
どこの爪切るのと母は探したり靴下履いた足を不思議そうに
1首目、演奏会で娘の弾くコントラバスの音を聴き分けているところ。
2首目、娘の身体の変化を感じて少し戸惑うような気持ちだろう。
3首目、蕾の状態で蜜が出るのが芍薬の特徴。「蜜にまみれて」が生々しい。
4首目、一方的に見られるだけの存在であるという気づき。「目」の話から最後に「耳」が出てくるのも味わいがある。
5首目、全く関わりのない両者のかすかな触れ合いの美しさ。
6首目、初・二句の比喩がいい。内側は白くて言われてみれば甲羅みたいだ。
7首目、ある世代以上の男性の感じがうまく出ている。
8首目、えのころの茎は撓るので止まりにくいのだろう。
9首目、駐輪場で自分の自転車を探す場面。どれも似たような形ばかり。
10首目、下句に幼子の様子が彷彿とする。
11首目、これも比喩の素敵な歌だ。「春巻き」と「手紙」、本来は似ても似つかないものなのだが。
12首目、もちろん別の鋏を使っているのだろうが不思議な感じがする。
13首目、作者の歌の中では珍しく激しい文体。一瞬の思いの滾りを感じる。
14首目、手術後の母の様子を詠んだ歌。「あと10分」という概念が通じない。
15首目、靴下を履いているので爪が見当たらないのである。淡々と詠むことで悲しみの深さが伝わる。
2018年1月15日、青磁社、2800円。