2018年03月01日

「塔」2018年2月号(その2)


 腰かけるつもりの石にとんぼ来ぬ も少し歩いてみるのもいいか
                         今井早苗

道の先に見えている石を目指して歩いていたら、とんぼが止まったのだ。手でとんぼを払ったりせず下句のように柔らかに受け止めているのがいい。

 自らを回遊魚といふ人とゐてけふは大きな海でありたし
                         安永 明

回遊魚を自称する相手に対して、作者は「大きな海」でありたいと思う。ゆったりと相手を受け止め、包み込むような存在ということだろう。「けふは」もいい。

 地下水を使ふ暮らしのこの家はみづの匂ひがそここことする
                         祐徳美惠子

水道水とは違う独特な匂いがするのだろう。けっして嫌な匂いではなく、むしろ好ましい匂い。水に関わる場所には、ほのかにその匂いがしている。

 また客に誉められてゐるハイビスカスいつまで咲いていいかわからぬ
                         高橋ひろ子

きれいだと誉められるので咲き終えることができないという発想がおもしろい。一日花なので、一つの花のことではなく花の時期の終わりということだろう。

 伯林をベルリンと読む りるりると鈴鳴るやうな銀杏並木だ
                         山尾春美

「伯林」をベルリンと読むことの視覚と聴覚のズレのような感じ。「林」と「並木」、「ベル」と「鈴」が響き合う構成になっている。「りるりる」もいい。

 大空に消えたらあきらめられるけど木に引っかかる赤い風船
                         太田愛葉

持っていた手から離れてしまった風船の行方。失われたという意味では同じなのだが、木に引っかかったままでは確かにやり切れない感じがする。

 鯨肉が名物なりし店とぢて抹香鯨の看板たかし
                         栗栖優子

営業していた時には特に感じなかったのだが、閉店後は看板だけが異様に目立っているのだ。結句の「たかし」がいい。看板の鯨も自由になった気がする。

 海風に長き尾鰭ゆらしつつ金魚ちょうちん駅舎におよぐ
                         山内恵子

「金魚ちょうちん」は山口県柳井市の名物らしい。長い尾鰭が揺れることで、いかにも泳いでいる感じがするのだろう。水の中の世界のようなイメージである。

posted by 松村正直 at 07:47| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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