2018年02月28日

「塔」2018年2月号(その1)


 表情を未だ持たざる石像に峠の長き冬がまづ来る
                         干田智子

新しく建てられた若山牧水の像。「表情を未だ持たざる」がいい。新品なので陰翳に乏しいのだろう。雨風に打たれる中で表情が生まれてくるに違いない。

 いぶりがっこ、がっこと楊枝に挿して食べ何も買わずに暖簾をくぐる
                         吉川敬子

店で試食だけして出てきたのだ。「いぶりがっこ」は秋田名物の燻煙乾燥の漬け物だが、その「がっこ」をオノマトペのように使っているのがおもしろい。

 北斎の版画のやうな富士があり裾野の街を視野から外す
                         加藤久子

富嶽三十六景の「凱風快晴」を思い浮かべた。富士山の形や存在感は昔も今も変わらない。裾野の街さえ見なければ、昔のままの風景になるのである。

 空き壜に青き酪王乳業のロゴやや暗くなりて透きをり
                         佐藤陽介

福島県にある会社。中身があった時は牛乳の白にロゴの青がよく映えていたのだろう。空き壜になるとロゴの色も少し暗くなったように見えるのだ。

 長き滑り台を子と共にすべりゆけば少し先の未来に着きたる
                         徳重龍弥

下句がおもしろい。距離的に「少し先」に進んだだけなのだが、確かに時間的にも「少し先」に進んでいる。父と子が今後過ごしていく時間を想像させる。

 江ノ電が通過するたび揺れる店 アールグレイの息で語らふ
                         近藤真啓

線路のすぐ近くに立つ店なのだろう。江ノ電は民家などの軒を縫うように走ったりする。アールグレイを飲みながら二人で語り合うゆったりとした時間。

 鳩のいる水道で子のひざの血を洗い流せば陽があたたかい
                         吉田 典

普通は「公園の水道」とでも言うところを「鳩のいる水道」と言ったのがいい。蛇口か排水口のあたりに鳩がいたのだ。日常であって日常でないような場面。

 ぼんやりと琵琶湖大橋見ておれば「洋服の青山」車窓を覆ふ
                         小畑志津子

「洋服の青山」の店舗の上にある巨大な青い看板。「車窓を覆ふ」は誇張だが、遠くを眺めていた視線が急にふさがれる感じがうまく表現されている。

posted by 松村正直 at 20:46| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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