2011年から2014年までの作品531首を収めた第13歌集。
2010年に亡くなった妻、河野裕子のことを詠んだ歌が多い。
告げしことそれより多き告げざりしことも伝はり逝きたるならむ
作らないやうに作ると言ひたれどあいまいな頷きがあちらにもこちらにも
竹箒のはつしはつしと小気味よき音庭になし冬の陽が差す
紅梅のまだ咲かざるをよろこびて白き花咲く梅林を行く
少しだけ酒を振る舞ひ蒸し焼きにしたる浅蜊をひとりいただく
池底の石はしづかに日のひかり月のひかりを受けて老いゆく
牛膝(ゐのこづち)にひなたとひかげの別ありてこの里道のヒカゲヰノコヅチ
クリックをするたびダビデは拡大され左右の睾丸の大きさが違ふ
おのづから木々にくぼみのあることの雪積む朝の庭に見ゆるも
ああ一週間は左右対称の漢字ばかり そのいづれかに死なねばならぬ
1首目、夫婦や親子など親しい者同士でも言葉にして伝えられないことがある。それでもきっと伝わっていたはずだという思い。
2首目、短歌についての話をしている場面。作意を見せないのは難しい。
3首目、かつては妻が箒を使う音が聞こえていたが今は聞こえないという歌。上句で音のイメージをかき立てておいて「なし」と打ち消す。
4首目、白梅の方が少し早く咲くのだろう。
5首目、浅蜊の酒蒸しを食べているところ。「振る舞ひ」と言って誰かと楽しく飲んでいる場面と思わせておいて、実は「ひとり」なのだ。
6首目、結句の途中までは石の歌だが、「老いゆく」で人生が重ね合わされる。
7首目、分類を知ることは世界の見え方が変わるということ。
8首目、ミケランジェロのダビデ像。何をやっているんだか。
9首目、雪が積もることで窪みがあることに気が付く。
10首目、「日月火水木金土」は左右対称。下句への展開でハッとさせられる。
2017年12月24日、角川文化振興財団、2600円。