2018年01月24日

「塔」2018年1月号(その1)


 「ふきもどし」とふ玩具かふ昼きても人影まばら海田の祭
                      大橋智恵子

「ふきもどし」は笛に丸まった紙筒が付いた昔ながらの素朴な玩具。かつてはもっと賑やかな祭だったのだ。あるいは夜には賑やかになるのかもしれない。

 屋上より向かひの屋上見てゐしと 波来るたびに人流れしと
                      梶原さい子

東日本大震災の津波を体験した人の話。屋上に避難して、向かいの建物の屋上の人が流されるのを目撃したのだ。もちろん、どうすることもできない。

 クレーンをビル屋上に置く術を知ればつまらぬ風景となる
                      小石 薫

仕組みを知らなかった時は不思議な光景として見えていた屋上のクレーン。いったん知ってしまうと、もうその驚きを味わうことはできなくなってしまう。

 歌会を終へたる人はまた杖をつきつつ秋の駅舎へ向かふ
                      今西秀樹

歌会中はきっと元気で年齢を感じさせない振舞いを見せていたのだろう。でも、席を立つと急に一人の老人に戻って、覚束ない足取りで歩いていく。

 ドクターも技師もとつても紳士にて失礼しますとこの胸を見る
                      國森久美子

乳房の手術を受ける場面。礼儀正しいのは有難いが、かえって気恥ずかしいのかもしれない。あるいは、そんなことより治してほしいという痛切な思いか。

 再婚せし母の連れあひ〈おつさん〉と呼んでゐたりきあのころの友
                      川田伸子

まだお互いに若かった頃の思い出。新しく父になった人物を「父さん」とは呼べず「おっさん」と呼んでいた友。いろいろ悩みを聞いたりもしたのだろう。

 あれはどこへ行くのだったかポケットに百円玉を固く握りて
                      中本久美子

大人にとって100円はわずかな金額だが、子どもにとっては大きなお金。手に握りしめていた百円玉の感触だけを今も鮮明に覚えているのである。

posted by 松村正直 at 08:14| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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