2018年01月02日

「塔」2017年12月号(その1)


 いつしんに母のぬりゑの続きをり音なくすべる秒針の下
                         干田智子

施設に入っている母が塗り絵をしている姿。「音なくすべる秒針」がいい。外界とは別の時間が流れ、母と自分はもう別の世界にいるという寂しさを感じる。

 前の席にノースリーブの腕が出てブラインドおろす特急かもめ
                         寺田裕子

「ノースリーブの腕」だけが一瞬見えたのだ。それまでは座席に隠れてどんな人が座っているかわからなかったのだが、きっと若い女性だったのだろう。

 帰宅せぬ父の里芋をラップにて包めば滴で見えなくなりぬ
                         北辻千展

おそらく仕事などで遅くなる父の夕食にラップを掛けているところ。「滴で見えなくなりぬ」という描写がいい。まだ温かいので、内側に湯気がこもるのだ。

 旧姓に呼ばるることはどちらかと言へば苦しきことと知りたり
                         吉澤ゆう子

学生時代の友人など独身の頃からの親しい相手との関係。「どちらかと言へば苦しき」に、嬉しさよりもわずかに苦しさが上回る複雑な胸のうちが滲む。

 かき氷に白味噌かけて食べし日の祖父母の家の畳広かりき
                         山下裕美

色鮮やかなシロップでなく白味噌をかけるというのが珍しい。祖父母の家ならではの食べ方だったのだろう。家の様子とともに懐かしく思い出している。

 「お若いわ」と言われる程に年齢(とし)重ね 無人駅にくずの花匂う
                         古林保子

確かに実際に若い人に向かっては言わない言葉だ。年齢より若く見られることを喜びつつも、もう若くない自分を感じている。下句との取り合わせもいい。

 それぞれにこころは遠くありながらひとつしかない夕餉の卓は
                         澄田広枝

一緒に夕食を食べながらも心では別々のことを考えている家族。食卓がかろうじて家族を一つに繋ぎ止めているようでもある。ひらがなの多用が効果的。

posted by 松村正直 at 08:39| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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