2007年から2016年までの作品485首を収めた第5歌集。
作者は今年11月23日に亡くなった。
尻穴からあぶく出しをり、数知れぬ卵が混じるあぶく出しをり
同じやうな歌ひ手が、同じやうな歌を、同じやうな声でうたふ 同じやうに振付けられて
コンテナに収納されて運ばれてゆくものは、象牙でも珊瑚でもなく僕の高く売れない古本ですよ
鍵の束を提げて老女が明けがたに湖底への石階(きざはし)を下(お)りゆく
眠りに堕ちてゆき たどりつく湖底美術館の、壁面は静寂を展示す
図鑑にきみが出てゐたよ、と捕虫網からその蝶を取り出すときに言ふ
髪に手に霧はざらつき丘の上につづく薄荷の畑のぼりゆく
彼は彼女を知らない 彼女は彼を知らない 同じ都市(まち)の住人だが、擦れ違ふ事さへもない
病者、老者、貧者を救ふ法案を審議してゐる 子供議会は
霧を固めて作つた菓子のひと切れをすすめられをり 深更(よは)の茶房に
灰色の飯に灰色の湯をかけて食ふ くたくたになり帰つた僕は
犯人が来て去り、刑事らが来て去り、少女が来て去り、ゆふぐれて、雑貨店閉づ
一読して、何かとんでもないものを読んでしまったという感じのする歌集だ。美しさと不気味さ、そして死の影が交錯する。
沼のイメージ、物語的な場面設定、リフレインの多用、大幅な字余りや破調など、分析すればいろいろとあるのだが、そんな批評は到底及ばない世界。作者渾身の、一回限りの歌集と言っていいだろう。
2017年6月23日、ながらみ書房、2600円。