2000年から2015年までの作品415首を収めた第1歌集。
春の花交互にあげる遊びせむクリーニング屋へゆく道すがら
馬のにほひの漂ふごときゆふやみを宅配ピザのバイクはゆくも
トリミングしたき記憶のいちまいを取り出す合歓の花ひらくころ
転居通知を投函せしが〈転居先不明〉と戻りきたるいちまい
返信を投函せぬまま終はりたる会ありて会のにぎはひおもふ
歌をやめてしまひし人と酌む酒よ戻つて来いとわれは言はずも
口論と議論の差異をおもふ日の百葉箱に雪は積もりぬ
公園に夜のしほさゐを聞きたれば赤き浴衣の子の手をひきぬ
てのひらのうへに落ちたるはなびらを見つめるひとが風景となる
少年のわれは煙草を売りたりき背伸びをせずにただ淡々と
1首目、恋人といる時の明るく健康的な気分が満ちている。
2首目、「馬」と「宅配ピザのバイク」の取り合わせがおもしろい。
3首目、合歓の花の時期になると思い出してしまう記憶なのだろう。
4首目、相手は転居したのに知らせてくれなかったわけだ。
5首目、「返信を投函せぬまま」に何らかの屈折した感情が滲んでいる。
6首目、短歌を続ける人生とやめる人生、どちらが幸せかはわからない。
7首目、上句の情と下句の景がうまく合っている。百葉箱の白と雪の白。
8首目、急に子がいなくなってしまうような不安を感じたのだろう。「しほさゐ」は幻の音かもしれない。
9首目、花びらを一心に見ている姿が、どこか遠い人のように思われる。
10首目、作者の実家は煙草屋。下句の大人ぶらない感じがいい。
作者と私は同じ1970年生まれ。会社を辞めて自分で出版社(六花書林)を立ち上げて十数年になる。仕事の苦労や中年男性の哀感の滲む歌が多く、身に沁みた。
アコースティックギター爪弾く街角の少女は髪に六花(りくくわ)をまとひ
「六花」(りっか)とは雪のこと。美しい光景であると同時に六花書林へのエールでもある一首だろう。
2017年12月15日、いりの舎、2500円。