2017年12月24日

川野里子歌集 『硝子の島』



2010年から2016年までの作品を収めた第5歌集。

太平洋といふ海ぬつとあらはれぬ嘉永六年黒船の背後
老い老いて次第に軽くなる母が一反木綿となりて覆ひ来
あの一機いまに飛ぶべし拍動のおほきくなりゆく飛行機があり
滑り台、ぶらんこ、砂場 一日(ひとひ)かけ老人見てをり形見のやうに
ブロンズ像にされし河童は不安なり細き手足をつぶさに晒し
コンビニの光につよく照らされて殺菌処理され夫出でて来ぬ
露草の青失せやすく空の色抜けながら女たたずむ浮世絵
湯治場に兎飼はれてをりしこと癒やしのやうに行き止まりのやうに
入居者様「様」をもらひて母がゆくリノリウムの照りながき廊下を
家族なりし時間よりながき時かけてひとつの家族ほろびゆくなり

1首目、ペリー来航によって初めて意識された太平洋という海。
2首目、ゆらゆらと空を飛ぶ妖怪。身体は軽いが気持ちの上では重い。
3首目、エンジンの唸りが次第に高くなってゆくのを擬人化して詠んだ歌。
4首目、「形見のやうに」は、見納めのようにという感じだろう。
5首目、普段は水中に潜んでいる生き物なので、全身をさらしていると落ち着かないのだ。
6首目、「殺菌処理」がおもしろい。コンビニの明るさがうまく描かれている。
7首目、春信の浮世絵には露草から取られた青色が使われていた。
8首目、元気になって復帰する人もいれば、もう治らず終点となる人もいる。
9首目、施設に入居した母の後ろ姿を見送っているところ。
10首目、家族であった時間は20年くらい。その後の時間の方が長い。

川野の歌は日常身辺のことにとどまらず、社会や世界に向かっていくところに特徴がある。でも、読んで心ひかれるのは年老いた母を詠んだ歌が多い。

2017年11月10日、短歌研究社、2800円。

posted by 松村正直 at 21:29| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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