2017年12月20日

山田富士郎歌集 『商品とゆめ』


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第2歌集『羚羊譚』以来、実に17年ぶりの第3歌集。

たちまちに雨は湖面をわたりきてわれわれはただ一度だけ死ぬ
一族の写真のなかに農耕馬うつり鼻面なでられてをり
渡り鳥のごとく消えたりホテルセブン・エイトの老いたるフロントマンは
荒波のよせたる芥にひろひたる胡桃いづくの谷にか落ちし
桜咲きひゆるゆふべの窓ちかく小鳥のこゑは銀貨をちらす
円いポストの底にしやがんでゐる子供子供のころは空想せりき
山かげの火薬庫あとにであひたるかもしかわかくおそれをしらず
伝良寛筆の書わがいへに伝はれり正しくはわが家にもつたはる
飲みのこす珈琲ぱさと河にすて似顔絵書きは絵筆とりたり
桐の樹のかたへに立てる十分はあたたかし朴との十分よりも

1首目、上句の光景と下句の感慨の取り合わせ。誰にでも一度きりの死がやって来る。
2首目、古い写真を見ているのだろう。馬も家族の一員なのだ。
3首目、場末の古びたホテルをイメージして読んだ。映画の一場面のよう。
4首目、山→谷→川→海→浜という長い旅路に思いを馳せている。
5首目、花冷えの時期の小鳥の美しいさえずり。「銀貨をちらす」がいい。
6首目、ちょうどそれくらいの大きさということか。面白い空想。
7首目、下句のひらがな表記が印象的。恐れを知らない若さは人間も同じか。
8首目、良寛の書と言われるものが無数にあるのだ。もちろん本物はほんの一握り。
9首目、お客さんが来たので仕事に取り掛かるところか。「ぱさと」がいい。
10首目、桐と朴の雰囲気の違い。河野裕子さんの〈傍に居て 男のからだは暖かい見た目よりはずつと桐の木〉を思い出した。

作者は新潟県新発田市在住。新発田は作者の故郷かと思っていたのだが、そうではなかった。あとがきに

三十年前にUターンして住みついたのは郷里の新潟市ではなく、東へ三十キロほどの新発田市である。近いといえば近いが、二つの町はいろいろと違う。

とある。自らの住む土地に対する愛憎半ばする思いは、この歌集の大事なテーマと言っていい。

2017年11月15日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 20:56| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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