またひとり登場人物あらわれて騙し絵のような身の上話
吉田 典
「身の上話」というのは何度も語っているうちに、だんだん物語のようになっていくものなのだろう。「登場人物」「騙し絵」という捉え方が独特でおもしろい。
玄関のあかりを灯す みずうみに確かに触れてきた指先で
紫野 春
湖を見に行って家に帰ってきたところか。日常の世界に戻った後も、湖水に触れた指の感触を再確認している。おそらく大事な思い出なのだろう。
熱海城そのなかにまた熱海城マッチの棒でくみたてられて
山名聡美
熱海城の中にマッチ棒で作った熱海城の模型が展示されているのだ。入れ子構造と全体の安っぽさが面白い。熱海城も歴史的なものではない観光施設。
女性ゆえ鉾に上がれぬしきたりをしきたりとして諾いており
松浦わか子
女性差別と憤ることもできる場面だが、「しきたり」を尊重しようという思い。でも、もちろん完全に納得しているわけではなく微妙な感情は残っている。
琵琶湖、と声に出すとき身のうちのなにがゆらぐの葦原のごと
中田明子
琵琶湖の歴史や風土を感じさせる歌。現実に見ている琵琶湖ではなく、記憶やイメージとしての琵琶湖であるだけに、一層の奥行きを感じさせる。
夜あそびに出ては首輪をなくす猫どこで売ったと夫の叱れる
山下美和子
何度も首輪をなくす猫もユニークだが、「どこで売った」と言う夫もユニークだ。どこか別の家でも可愛がられていて、首輪を外されているのかもしれない。
目を閉じて食べれば何味にでもなるかき氷から夏がこぼれる
うにがわえりも
かき氷のシロップには「いちご」「メロン」「レモン」など様々な味があるが、どれも色が付いているだけで味はほとんど一緒。それを逆手に取った内容だ。
紫陽花に触れれば涼しい心地して市民プールの入口で待つ
太代祐一
「涼しい心地」と言うことで反対に外がかなりの暑さであることがわかる。紫陽花の紫や水色の色にほのかな涼しさを感じつつ、炎天下で人を待っている。