「茜」「日溜」「岬」「花衣」「敗荷」「橋姫」「月しろ」「影向(ようごう)」の8篇を収めた連作短篇集。
何らかの事情を抱えた男女の恋の話が多い。
また、回想の場面が多いことも特徴と言っていいだろう。
目を引く表現がたくさん出てくる。
泉は藤子の手を執った。四つの瞳(め)が見つめ合った。
彼らは岬の宿に泊まった。/窓には、眼にみえない海が満ちていた。
風の筋は枝の先から先へと渡ってあたりの花々を水かげろうのように揺らめかせたが、柔かくふるえる花びらは一つもこぼれることをしない。風の一吹きは、時の一刻であるのに、時はそこにとどまっていた。
小高賢が書いた評伝『この一身は努めたり』に、上田三四二の小説と短歌の表現の類似の話があったと思うが、今、本が見つからない。
風に向って立つ衿子のスカーフがはためいた。彼女は眼を細くしていた。スカートは裾を乱しながら濡れた布のように腰にまつわった。
こんな描写を読むと、すぐに上田の有名な一首が思い浮かぶ。
疾風を押しくるあゆみスカートを濡れたる布のごとくにまとふ 『遊行』
他の上田三四二の小説も読んでみたくなった。
1982年3月23日、講談社、1300円。