新鋭歌人シリーズ18。
12年ぶりに刊行された第4歌集。
遠い日の釣鐘まんぢゆうよう鼻血出す子やつたと今も言はれて
浚渫船がずるずる引き摺りだしてゐる東京の夜の運河の臓腑
夜桜の青い冷えのなか酔ふ女を死にゆくもののやうに見つめる
結核が性欲を亢進させるとふ俗信ありき堀辰雄はいかに
足音に呼応して寄る鯉たちの水面にぶらさがるくちくち
排水溝がごくごくと飲む残されて期限の切れたポカリスエット
旅に出れば旅の記憶がかぶさつてくるいくつもの時を旅する
ひろすぎる座敷にふとん流氷の上に一夜をただよふばかり
殺人のニュースがひととき絶えてゐたそのことも記憶の瓦礫のひとつ
このひとの寝顔は泉 夜の鳥がときをり水をついばんでゆく
1首目、「釣鐘まんぢゆう」は大阪の名物らしい。三・四句は親戚の誰かの台詞だろう。
2首目、運河の底の土砂やヘドロを「臓腑」と捉えたことで、都市が生き物めいて感じられる。
3首目、夜桜の凄絶なまでの美しさ。生死の境目が曖昧になっていく。
4首目、『風立ちぬ』など清潔感ある作風で知られる作者の実際の姿はどうだったのか。
5首目、「ぶらさがる」が面白い。餌を求める口がいくつも水面に開いている。
6首目、飲み残しの飲料を捨てただけの歌なのだが、何とも生々しい。
7首目、旅に出ると、日常とは異なる時間が流れ始めるのだ。
8首目、宿泊する部屋が広すぎるのも落ち着かないものだ。
9首目、東日本大震災をめぐる記憶。殺人事件も扱いが小さかった。
10首目、美しい相聞歌だが、眠っている相手とのかすかな距離も感じさせる。
第三章にある「24時間」100首は、詞書と短歌で綴った或る一日の記録。作者の生活や京都・神戸・大阪の街の様子が見えてきて楽しい。
2017年10月15日、書肆侃侃房、1900円。