2017年11月08日

久々湊盈子歌集 『世界黄昏』


間伐の杉が散らばる傾(なだ)りより絶え間なく湧く水の冷たさ
十方に木々のみどりは満ち満ちてわが直情を宥(なだ)むるごとし
撫牛(なでうし)にあらねどそっと撫でてくる闘牛場の鋼鉄の牛
くまもんを脱ぎて男が取り出しし弁当の真ん中の大き梅干し
絞めやすそうなほそきうなじをさしのべて昼の電車に居眠るおみな
ガラス一枚の外は奈落の深さにて五十階に食む鴨の胸肉
他人(ひと)の記憶に入りゆくような夕まぐれ路地に醬油の焦げるにおいす
三日ほど手の甲にあらわれ消えゆきし痣(あざ)あり蝙蝠の飛ぶかたちして
ここで死ねとホテルのパティオに放されて螢は首都の夜をまたたく
往きに見て復(かえ)りにもまだ落ちているアルミ硬貨を雨中に拾う

2012年から16年までの約500首を収めた第9歌集。
タイトルは「せかいこうこん」。

1首目、間伐放置された杉という現代的な光景と昔から変らぬ湧き水の流れ。
2首目、鮮やかな新緑に自然と心も満たされてゆく。
3首目、スペイン旅行の歌。撫牛という習俗は日本だけのものか。
4首目、くまもんの頬の赤い丸と弁当の梅干が微妙に呼応している感じ。
5首目、「絞めやすそうな」という発想がユニーク。ちょっと怖い。
6首目、高層ビルのレストランでの食事。高さではなく「深さ」としたのがいい。
7首目、比喩の面白い歌。どこか懐かしい雰囲気がある。
8首目、「蝙蝠の飛ぶかたち」がいい。三日間だけの出会いと別れ。
9首目、ホテルのイベントのために放された蛍。「ここで死ね」が強烈だ。
10首目、お金が欲しくてではなく、可哀そうになって拾ったのだろう。

2017年8月10日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 07:35| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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