2017年10月27日

「塔」2017年10月号(その1)


 水鳥のでんぐりがえしが見えている夕暗がりのきみの肩越し
                        澤端節子

餌をとるために水の中に潜っていくところを「でんぐりがえし」と捉えたのだ。結句「きみの肩越し」がいい。さり気なく相聞の雰囲気を漂わせている。

 体温を計るあひだに降り出して六月のこれは気持ちいい雨
                        小林真代

四句目に「これは」が挿入句のように入って来るところが面白い。「これは六月の」という語順ではダメ。雨にも気持ちのいい雨と憂鬱な雨とがある。

 口紅で決してふちどるな くれないの色のうつろう夕ぐれ時を
                        金田光世

刻々と色合いを変えていく夕暮れの空。その微妙な色彩や輪郭を縁取ってはならないと言うのだ。作者の心の何らかの感情についての話なのだろう。

 子とわれの家を行き来するタッパーにわたしの詰めるけふの赤飯
                        立川目陽子

親がタッパーに料理を詰めて子に渡し、食べ終えた子が洗って返す。そんなふうにして二軒の家を行き来するタッパー。料理だけでなく作者の心も運ぶ。

わがピアノを十五年間聞きていし母は「下手になった」と一度だけ言いき
                        山下裕美

一度だけ言った台詞が「下手になった」というのは、かなり衝撃的だ。いじわるな母にも思えるが、「十五年間聞きていし」という一番の理解者でもある。

 岩牡蠣にナイフさしこみ開くとき遠き潮をほそくこぼしぬ
                        清水弘子

上句と下句で主語がねじれている。上句は「われ」で下句は「岩牡蠣」。そのねじれに生々しい味わいがある。下句「遠き潮がほそくこぼれぬ」ではダメ。

 「藪」の字の奥に座つてゐるをみな重さは時に安らぎならむ
                        越智ひとみ

字解きの歌で「藪」の中には確かに「女」がいる。画数の多い重そうな漢字の中に、むしろ安らいでいるように見える。生活にも当て嵌まることなのだろう。

 コンクリの壁よりふいに出できたる蝶は壁から離れずに飛ぶ
                        松塚みぎわ

「コンクリの壁より」がいい。壁に目立たずにとまっていたのだろうが、壁の中から抜け出て来たような感じがする。「壁から離れずに」もよく見ている。

posted by 松村正直 at 08:59| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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