2017年10月25日

変奏曲


水底にさくら花咲くこの暗き地上に人を抱くということ
                   永田和宏『黄金分割』1977年

満開の桜の花が川面などに映っているのだろう。そんな春たけなわの抱擁の場面。われわれが生きるこの地上を「暗き」と捉えたのが印象的だ。初句の「水底」と響き合うし、暗さを出すことで桜や抱擁の持つ生命力がより鮮やかになる。

この一首は、山中智恵子の歌を踏まえているのではないだろうか。

さくらばな陽に泡立つを目守(まも)りゐるこの冥き遊星に人と生れて
                   山中智恵子『みずかありなむ』1968年

「さくら」「さくらばな」、「この暗き」「この冥き」といった言葉の対応、桜と人の取り合わせなど、共通点が多い。そして何より、『みずかありなむ』は永田にとって大切な一冊であったのだ。

先月刊行された永田の『私の前衛短歌』に、「はじめて読んだ歌集―山中智恵子『みずかありなむ』」という文章が載っている。初出は「歌壇」1999年4月号。

永田は大学3回生の冬(1969年〜70年)の大学闘争の頃を振り返って、次のように書く。

 山中智恵子の『みずかありなむ』に出あったのは、そんな時期であっただろうと思う。夜を外で過ごすのは少しきつくなってきた十月も終わりに近い頃だっただろうか。京大短歌会の先輩から借りたものだった。(・・・)
 そんなある朝、借りていた山中智恵子の歌集を写しにかかった。一首一首、丁寧に写していく。

『みずかありなむ』は永田が一首一首全部ノートに書き写した歌集であった。「一首一首撫でるようにゆっくり書き写し、一巻の量を惜しむようにして書き終える」とも記している。

そうしたことを踏まえて読むと、冒頭の永田の一首は山中作品の変奏曲のようにも思われるのである。

posted by 松村正直 at 09:55| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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