2017年09月25日

「塔」2017年9月号(その2)


恋人はわたしに恋をしてるかな梅雨のはじめに半袖を着た
                       安田 茜

上句の呟くような言い方がほのぼのしていて面白い。恋人だからもちろん恋をしているのだろうけれど、相手の心のなかは見えないから少し不安にもなる。

持ち運び可能な躰を持ち運ぶ会いたいというだけの理由で
                       鈴木晴香

「持ち運び可能な躰」という表現が独特。相手に会いたいという気持ちと何にも縛られない自由な感じ、そしてエロチックな雰囲気も滲んでいる。

三歳で死んだ弟まいまいに生まれかわって我が庭に棲む
                       佐藤涼子

庭でよく見かけるかたつむりを眺めながら、小さくして亡くなった弟のことを思っている。「生まれかわって」と推量ではなくはっきり断定しているのがいい。

やわらかく「白髪が増えたね」と夫の言う向かい合わせに昼餉をとれば
                       白井陽子

普通だったら言われて嬉しい台詞ではないが、「やわらかく」とあるので肯定的な感じ。長年一緒に暮らしてきた夫からのねぎらいや労りを感じたのだろう。

窓ほそく傾けながら夕暮れを時かけ朽ちてゆく百葉箱
                       福西直美

初二句の描写が百葉箱の姿をうまく捉えている。もう使われていない百葉箱なのだろうか。まるで時が止まってしまったかのようにひっそりと存在している。

あのときの桜だろうか置き傘を二ヶ月ぶりにひらけばはらり
                       椛沢知世

普通の傘と違って「置き傘」は使う機会がそれほど多くはない。前回使ったのは桜の散る季節だったのだろう。その時に、何か大切なことがあったのだ。

テトリスのピースみたいにくるくると身体を廻して乗る中央線
                       太代祐一

比喩が面白い。テトリスは様々な形のピースを組み合わせていくゲーム。身体を横にしたり傾けたりしながら、何とか満員電車に乗り込むのである。

posted by 松村正直 at 00:08| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「時代を変えた近代秀歌七十首」面白い!
平行して仕事されてるのは十分承知してますが、この記事にはだいたいどれくらいの日数がかかるのでしょうか。すごい…。与謝野晶子の一首、高校の時にちゃんと暗唱できた初めての歌です。
Posted by 豚肉を揚げる音 at 2017年09月25日 17:19
「角川短歌」10月号、お読みくださりありがとうございます。
今回の原稿は2週間くらいかかりましたね。有名な歌も入れたいし、自分ならではの選びも見せたいしという感じで、歌の選びにけっこう迷いました。
Posted by 松村正直 at 2017年09月26日 08:41
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