2007年にポプラ社より刊行された単行本の文庫化。
文楽にふいに興味が湧いてきて手に取ったのだが、文章がとにかく面白くてすらすら読める。もちろん内容は真面目で、優れた入門書になっている。
文楽の人形は、魂の「入れ物」である。大夫さんの語り、三味線さんの奏でる音楽、そして人形さんが遣うことによって、はじめて魂を吹き込まれる「容器」なのだ。だから場面に応じて、人間以上に「人間」になることも、聞き役に徹する「背景」になることもできる。
近松門左衛門は、きわめて意図的に、与兵衛の心理描写を省略したのだ。『女殺油地獄』は、心理を説明しないことによって、逆に人間心理を限界まで追求しようと試みた、非常にスリリングな作品だ。
咲大夫さんの師匠・豊竹山城少掾はかつて、「ここはこういう解釈ですか」と質問するひとに対して、「そういうふうに聞こえましたか」と答えていたそうだ。これは名回答で、たしかに、義太夫を聞いて、それをどう受け止めようと、お客さんの自由なのである。
表現ということについて、いろいろと考えさせられる一冊である。
とにかく文楽を観に行かないことには始まらないな。
2011年9月18日第1刷、2015年3月10日第11刷、双葉文庫、600円。