副題は「短歌日記2016」。
2016年1月1日から12月31日まで、ふらんす堂のホームページに連載された366首を収めた第9歌集。
冬の日の聴力検査 海に降る白ききらめき身に感じつつ
赤は黄を、あるいは青を生むことを墓前の炎見つつ知りたり
火口湖の遠きかがやき宿りたり卓のめがねに夕日の差せば
翅をもつ性ともたざる性ありて保育園児ら苑にあそべり
さかしまに顔ふたつありとらんぷのハートのジャックは真横を向きて
ものの影めくれあがりて炎(も)えむとす夏の地平に日の沈むとき
内部より出でたるものはなまなまし桜桃のたね皿に光りて
一周忌の友の墓前に集ひ来ぬ手書きの地図をもちてわれらは
汽車の窓並ぶがごとしほの暗き画廊に銅版画の飾られて
竹群の竹濡れてをり隣り合ひつつも触れてはならぬものある
1首目、目を閉じて一心に音を聴いている時の体感とイメージ。
2首目、亡き人を思いつつ、蠟燭の火をじっと見つめているのだ。
3首目、眼鏡のレンズに映る夕日から火口湖への連想が美しい。
4首目、「男」「女」という語を言わないことで、性別というものを考えさせる歌。
5首目、絵柄の顔の向きにはそれぞれ意味がある。真横を向いているのはハートとスペードのジャック、そしてダイヤのキングだけ。
6首目、上句の表現に力がある。まるで原爆が落ちる瞬間のようだ。
7首目、桜桃の外側はあんなにつやつやとしてきれいなのに。
8首目、「手書きの」がいい。親しかった人たちだけの集まりという感じ。
9首目、「汽車の窓」に見立てることで、画廊という空間が違って見えてくる。
10首目、竹の話から始まって、どこか恋のイメージへとつながっていく。
すべての歌に日付と詞書(散文)が付いているのだが、詞書と歌の距離が全体に近いように感じた。詞書と歌が相乗効果を発揮するまでには至っていない。
2017年7月20日、ふらんす堂、2000円。