副題は「波乱にみちた万葉歌人の生涯」。
奈良時代を代表する歌人であり『万葉集』の編纂にも携わった大伴家持の生涯を、多くの資料や歌から解き明かした一冊。
特に家持の官吏としての側面を詳しく知ることができたのが良かった。橘奈良麻呂の乱や氷上川継の乱など、多くの政争に巻き込まれながらも、晩年は従三位中納言にまで昇進している。本人の能力だけでなく、人間関係や運も味方したのだろう。
中でも、従兄弟(諸説あり)で橘奈良麻呂の乱で死んだとされる大伴池主との交流には胸を打たれるものがある。
池主は、幼少期も含め生涯を通じて家持と集いを共にする機会も多く、その性格と歌作の才を最も評価しうる立場にあった。家持の苦悩する人間関係とともに、自らの歌作に留まらず大伴氏を中心とする一大歌集の編纂にむけて情熱を傾注する家持を目の当たりにし、池主自身が家持を政局に巻き込まない方向でそこから離れる道を選んだのだと推察する。
つまり、打倒藤原仲麻呂を目指す反乱に家持を巻き込まないように、池主があえて距離を置き、それが結果的に反乱失敗後の家持を救ったと著者は見るのである。もちろん、事実がどうであったのかはわからない。ただ、難しい判断があったことだけは間違いない。
馬並(な)めていざうち行かな渋谿(しぶたに)の清き磯廻(いそみ)に寄する浪見に
立山にふり置ける雪を常夏(とこなつ)に見れども飽かず神(かむ)からならし
珠洲の海に朝開(あさびら)きして漕ぎ来れば長浜の湾(うら)に月照りにけり
朝床(あさどこ)に聞けば遥けし射水河(いみづかは)朝漕ぎしつつ唱ふ船人
春の野に霞たなびきうら悲しこの夕かげに鶯鳴くも
『万葉集』には家持の長歌46首、短歌432首、旋頭歌1首の計479首が収められている。家持の生涯を知ることで、歌の魅力もさらに増すように思う。
2017年6月25日、中公新書、820円。