夜道には不思議なものが落ちていて踏まれたがりのアンパンひとつ
山田恵子
「踏まれたがり」が個性的な表現で面白い。丸いふっくらした形状や、中にあんこが詰まっている姿が、踏まれたがっているように感じさせるのだ。
うちのねこ、みかけんかったと尋ねおり道で出合った近所の猫に
大森千里
行方不明になった飼い猫を探して、道を歩く猫にも尋ねているのだ。それだけ必死になっているのだろう。初二句に「 」を使わなかったのがいい。
利き腕のちがう娘の抱きかたと同じに出来ず赤子はぐずる
宮内ちさと
孫の世話をしている場面。利き腕の関係で娘さんとは抱き方が反対になってしまうのだ。そのせいなのかどうか、泣き止まない赤子に苦労している。
遠き町の葬に列なり皆の唱ふ讃美歌を吾(あ)はただ立ちて聞く
野 岬
亡くなった方がクリスチャンで、その関係の参列者が多いのだろう。讃美歌を知らずに歌えない作者は、ひとり場違いな気分になっている。
画像に見る胃の腑の粘膜きれいなり網の目のやうに血管はしる
千葉なおみ
胃カメラの検査をして、画像を見せてもらっているところ。普段はけっして見ることのない自分の胃の内側である。下句の描写がなまなましい。
「風光る」という季語を目の前で見た 君のポニーテールが揺れて
うにがわえりも
俳句の季語としてのみ知っていた言葉を、今まさにまざまざと感じているというのだ。春の日差しに光りながら揺れる髪の毛が、何とも素敵に見えている。
心臓をちぎり合ふほどの恋もせず敦盛草は遠き野に咲く
山下好美
「心臓をちぎり合ふほどの恋」という思い切った表現に驚く。平敦盛は14、5歳で亡くなったので、おそらく激しい恋を知ることもなかったに違いない。