日本人が日常的に使っている「漢字」について、表記の多様性、俗字、国字、漢字制限、位相文字、地域文字、地名、造字など、様々な角度から分析した本。多くの実例が挙げられているので、わかりやすく説得力がある。
「ひと」ということばを「人」と書くのと「ひと」と書くのでは、印象が異なるだろうし、「ヒト」や「他人(ひと)」と書けばさらに異なるニュアンスを与えるであろう。
当用漢字の新字体は、戦後の創作ではない。根拠のないものではなく、実際にはほとんどすべてが、当時使われていた手書きの「俗字」を採用したものである。
姓では「藤」が東日本では「佐藤」「斎藤」など「〜トウ」が多く、西日本では「藤原」「藤田」など「ふじ〜」が多いという分布の差も見出される。
「淫(みだ)ら」と「妄(みだ)り」と「乱(みだ)れ」の間に、何らかのつながりを感じることが漢字の字面によって妨げられてはいないだろうか。
雑学的なこともたくさん載っているのだが、基本的には非常にまじめで学術的な内容である。特に面白かったのは幽霊文字の話。JIS漢字に含まれている幽霊文字(実在しない謎の文字)のルーツを調べて解き明かすところなど、まさに圧巻と言っていいだろう。
日本人が日本語を書くために長年にわたって磨き上げてきた日本の漢字。それに対する著者の深い愛情が伝わってくる一冊である。
2006年1月20日、岩波新書、740円。