木守(きまも)りの柿のやうにもふたりゐてまだまだねばる夜の英語科
十二時を超えないように飲む酒の、妻が超えればわれも超えゆく
ホッチキスはづして二枚捨てたりき海を見て海に触れざりし夜
蒸し返すわけではないと蒸し返す生徒の親にかうべを垂れる
たまさかにパンツの忘れ物がある男子二千人毎朝来れば
不惑過ぎてジャングルジムに登りをり娘とゐれば〈変な人〉ならず
マチュ・ピチュは〈老いたる峰〉を意味するとぞ、壁に向かつて便座に
坐る
盗まうとすれば盗める長ねぎの箱あり朝の蕎麦屋の前に
海(カイ)といふ文字をマリンと訓ませをりそのかみにウミと訓ませた
やうに
降(お)りますととなりの席にささやけり相対死(あひたいじに)を迫れ
るやうに
2014年から2016年までの作品455首を収めた第5歌集。
教師としての歌、子育ての歌、言葉に関する歌が多い。
1首目、作者ともう一人が夜遅くまで残業している場面。薄暗い部屋に2か所だけ灯りが点っている感じがする。
2首目、夜の十二時までというルールを一応課しているのだが、妻次第ではOKなのだ。
3首目、上句と下句のつながりがとても印象的。どことなく寂しさが滲む。
4首目、「○○ではないが」と言った場合、たいていは「○○」なのである。
5首目、中高一貫の男子校。パンツを置き忘れた生徒はどうしたのだろう。
6首目、小さな娘と一緒だと、何をしていても良いパパに見られるので安心である。
7首目、マチュピチュという言葉の意味に関心を持つのが作者ならでは。トイレに貼られたポスターかカレンダーに写真が載っているのだろう。
8首目、配送された長ねぎのダンボール箱。不用心と言えば不用心だが、誰も取って行ったりはしない。
9首目、昨今のキラキラネームの話。「海」という漢字(中国の文字)を「マリン」と英語で読ませるのも、「うみ」と日本語で読ませるのも、確かにやっていることは一緒なのだ。
10首目、「相対死」は心中のこと。電車やバスの二人掛けの席で通路側の人に声を掛けている場面だが、発想が何ともユニークだ。
2017年5月16日、短歌研究社、2700円。