2017年06月29日

「塔」2017年6月号(その2)

ちぎっては食べちぎっては食べるパン私の中に暴力がある
                     鈴木晴香

上句は何でもない光景だが、下句がおもしろい。下句を読んでからあらためて上句を見ると、「ちぎっては食べ」の繰り返しに迫力がある。

わが辞表受け取らざりし人なりき春一番の日に逝きたまふ
                     安永 明

職場の上司だったのだろう。作者の能力を評価し、身を案じて慰留してくれた人である。何年たっても、忘れられない出来事だったのだ。

ゆつくりと日のまはりゆく春の日に手紙を書けば手紙の来たり
                     福田恭子

下句がおもしろい。手紙を書いた相手ではなく、別の人からの手紙だろうと読んだ。のどかな春の感じがよく出ている。

過去からは逃げられないな まふたつの藍色のうつはに断面の
白                   小田桐夕

上句と下句の取り合わせがうまい。表面は釉薬が塗られ絵付けもされているが、内側は白いまま。それが自分の過去を思わせたのだ。

県北のひとの会話にひと混じる「南の人」の不思議なひびき
                     浅野美紗子

同じ県に住む相手が使う「南の人」は「南国の人」ではなく「県の南部に住む人」の意味。その県の人にだけ通じる言葉遣いの面白さ。

ゆびさきにばんそうこうが見えている舞台衣装の女のひとの
                     高原さやか

舞台で演じている女性の素の部分が見えてしまったのだ。絆創膏という小さなものが、一瞬で舞台の世界を現実に引き戻してしまう。

あみだなに寝そべりあみのすきまからとろりと落ちてしまう
夕ぐれ                 坂本清隆

スライムのように少しずつ形を変えながら落ちていく感じ。電車の中での空想だろうが、平仮名書きがなまなましい体感を生んでいる。

窓にうつる自分の影とむかひあふ一列ありぬTSUTAYAの夜に
                     岡部かずみ

店の外側の窓ガラスに向って立ち読みをしている人々。じっと動くこともなく、横一列になって黙々と雑誌などを読んでいる。
posted by 松村正直 at 08:05| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
取り上げてくださって、ありがとうございました。
読みが巧い人に評やコメントをもらえると
励みになると同時にヒントになります。
そしてそれが聞きたくて歌会に参加しているように思います。
歌会では、またよろしくお願いいたします。
Posted by 小田桐夕 at 2017年07月02日 23:43
このところ「塔」の秀歌鑑賞や十首選をする人が増えていて、嬉しいですね。毎月5000首くらい載っているので、探すと良い歌もたくさん見つかります。
また歌会でお会いしましょう!

Posted by 松村正直 at 2017年07月03日 08:25
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