2017年05月22日

「塔」2017年5月号(その2)

なまじろき項(うなじ)あらはになりてをりなほ立ち上がる赤鬼
青鬼                    篠野 京

節分の追儺式の場面。本物(?)の鬼ではないから、赤や青のかぶり物の隙間から人間の白っぽい皮膚が覗いているのだ。

ささずとも濡れないほどの、でも傘に徐々に雨粒はりついてゆく
                      中田明子

二句で切って「、でも」とつなぐ文体が印象的。「ささずとも濡れないほどの雨なれど」みたいにすると、全然面白くなくなってしまう。

かりそめの家族だろうかお湯割りは怒りを溶かすこともできない
                      大橋春人

かりそめのものと思っていた方が家族関係は楽かもしれない。焼酎のお湯割りを飲んでも家族の誰かに対する怒りが消えないのだ。

改修の済みたるトイレはずかしくしばらく別のフロアを使う
                      山名聡美

最近のトイレはとても明るく清潔になって、でも何だか落ち着かない。改修前は少し薄暗いけれど居心地の良いトイレだったのだ。

言ひづらきことも言ひたるわれの影千日草の花に触れゆく
                      朝井一恵

帰り道に相手の反応を思い返したりしながら、やや俯いて歩いているのだろう。千日草の丸い花に触れることで少し自分を慰めている。

何となく入れたくなったと言い添えて夫がはじめて買うバスクリン
                      大森千里

長年連れ添ってきた夫婦の感じがよく出ている。きっと何かしんどいことがあったのだろう。でも夫はそれを言わないし妻も訊きはしない。

ローマ字ではNANKOKUとある「南国」の標識あをし海が近づく
                      岡部かずみ

高知県南国市。「なんごく」ではなく「なんこく」であることを知って驚いたのだ。旅行の途中だろうか。明るい海の感じも伝わってくる。

晩柑をともしびとして食卓に船をいざなふごとく待ちをり
                      有櫛由之

誰かの訪れを待っている場面だろう。「船をいざなふごとく」がいい。夜の灯台のように、黄色い晩柑が一つ食卓に載っているのだ。
posted by 松村正直 at 14:37| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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