2013年から2016年にかけての作品340首を収めた第11歌集。
栞紐の白をはさみて灯り消す書にも一夜の安寝あるべし
性をもつことはときどきくるしくて葉につつみてはゆびさきぬぐふ
子はいらんかねといふなら全部買ひたいな保育園児の散歩の車
花終へし山は緑を急ぐなり声喪ひて叔父は鈴振る
十円玉で用をすませてボックスを出るとき人間に戻ったやうな
歩道橋の長き腹部を仰ぎみるその上を人はつつがなく行く
集合写真撮らむと若き職員が車いすの人の脇に膝折る
いふなれば最(さい)当事者であるひとの名が慰霊碑にふたつ加はる
疲れやすき目になりたりと日に四度天を仰ぎて滴を贈る
表通りの家に「売家」の札はあり老いの気配のいつしか消えて
1首目、「安寝」は「やすい」。作者だけでなく本も眠りにつく。
2首目、ひらがなの「くるしくて」に実感がある。下句は自慰のメタファーとして読んだ。
3首目、確かに見ようによっては販売車のようでもある。
4首目、声が出ないので鈴を振って人を呼ぶのだ。明るい季節との対比に寂しさがある。
5首目、電話ボックスから出た時の別世界のような感覚。
6首目、「長き腹部」がおもしろい。表と裏の違い。
7首目、車椅子の人に対する心遣いが自然と表れた場面。さり気ない動作が美しい。
8首目、東日本大震災の歌。行方不明者の遺体が見つかって死者となったのである。
9首目、「目薬をさす」と言わずに表現しているのがいい。
10首目、もともとあまり姿を見かけることもなく、ひっそりと気配だけがある家だったのだ。
2017年3月11日、短歌研究社、3000円。