16年ぶりに刊行された第6歌集。
全353ページという分厚い一冊になっている。
いっぽんのからまつを吹き過ぎゆけり感触(サンサシオン)となりゆける風
霜月のひかりのなかに散りいそぐこまかなるこまかなるからまつの針
いましがた自宅に戻られましたとぞきみ居たる部屋開け放たれて
卓上に富有と津軽 日本の秋すぎんとし今朝は霧湧く
野に熟れたるトマトの甘さひとふりの塩きらめきて色の濡れたり
百葉箱のような人生という比喩がほんのり浮かぶ そうでありたい
砂を食む波きらめきてかなしみはしばし寄りくる生者の中に
ちいさな秋とちいさな夏とゆきあいて日差しあかるき木の葉がゆるる
老ゆるにはしばし間のある人生の午後なれば子をふと懐かしむ
喫水線深まりてどこへゆくのだろう 水先案内人のいぬ朝
1首目、「サンサシオン」というフランス語のルビが明るい雰囲気を醸し出している。
2首目、からまつの落葉の光景。「こまかなる」の繰り返しがいい。
3首目、連作の最初の一首だが、これだけで病院で知人が亡くなった場面であることが読み取れる。
4首目、柿と林檎。
5首目、「色の濡れたり」がいい。完熟トマトと通常のトマトの違い。
6首目、あまり目立つことなく、それでも毎日自分の務めを果たしている。
7首目、「砂を食む」がいい。砂浜に打ち寄せる波の姿。
8首目、「ゆきあいて」は季節が入り混じって移り行く様子。
9首目、離れて住む子のことを「懐かしむ」という捉え方が印象的だ。
10首目、荷物を多く積んで進む人生の船。「深まりて」の年齢的な感慨が滲む。
全体にこれ見よがしなところがなく、歌に静謐さが漂うところに惹かれる。キリスト教の信仰に関する歌も随所に見られる。
2017年2月22日、角川書店、3000円。