2017年04月09日

柳田新太郎の樺太詠(その2)

『現代短歌叢書 第九巻』に収められた柳田新太郎の新長歌14篇のうち、樺太を詠んだものは「半田沢国境線」「小沼の夏」「アイヌ墓地」の3篇。

作品を一部引いてみよう。
まずは「半田沢国境線」から。

 ところどころ猿麻裃(さるをがせ)あやしく掛かる椴松(とどまつ)、蝦夷松の原始林はてしなくつづく地表、太く一本に貫く軍用道路を駆(はし)りつづけ、気屯(けとん)の部落をすぎて幾時か、漸くに辿りつく半田沢警部補派出所、住所氏名に職業をも届け、武装警官に護衛(まも)られて来た、ここ北緯五十度、露領樺太に境(さか)ふわが国境線、降り立つ警官の外す安全装置の音もきびしい。

最初の段落はこんな感じだ。音数律は特に決まっていなくて、全体に散文詩のような感じである。

北緯五十度の国境線を見学に行った時のことである。武装警官の護衛付きということで、ものものしい雰囲気が感じられる。

二つ目と三つ目の段落は飛ばして、最後の段落を引く。

 北に対ひ覗きみる双眼鏡に粉糠雨けぶり、さし示される方にゲ・ぺ・ウの監視塔それとさだかには映らぬが、はからずも移す双眼鏡(めがね)に、路上に咲く花勝見の一群、その花の鮮かに、色の紫も冴えざえと浮んで来たではないか。

「ゲ・ぺ・ウ」(GPU)は旧ソ連の国家政治保安部(秘密警察)のこと。双眼鏡でソ連領の方を見る様子や、ソ連側に監視塔が立っていることなど、『樺太を訪れた歌人たち』の「松村英一と国境線」で記したのと同じ場面が詠まれている。

*引用の誤字を訂正しました。(4月10日)
posted by 松村正直 at 06:12| Comment(4) | 樺太・千島・アイヌ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
案外おもしろいですが、これが随筆ならもっと内容が詳しくなり、もっとおもしろく・・・とちょっと思ってしまいました。

「双眼鏡」から「隻眼鏡」に持ち換えるのはいかにも不自然で、「はからずも移す」という言い回しとも合わないので、「隻」は「双」の本字の誤植でしょうか。「めがね」のルビもやや違和感があります。

「粉糠雨けぶり」が夏の情景らしくて印象深いですね。「花勝見」は何の花を指しているのかわかりませんが、ここは雅語ではなく、樺太らしい花の名を出してほしかったところです。
Posted by 中西亮太 at 2017年04月10日 04:35
中西さん、コメントありがとうございます。「隻」は「雙」(双)でした。すみません。僕の打ち間違いです。直しておきます。

「花勝見」については、末尾に「註・花勝見。後に調べるにヒアフギアヤメである由。」と書かれています。
Posted by 松村正直 at 2017年04月10日 06:12
ルビのことですが、一つ目の「双眼鏡」には「さうがんきやう」のルビが付いています。(全体にルビが多いので、引用に際して一部省いています。)

二つ目の「双眼鏡」には「めがね」のルビ。ルビによって使い分けているわけですね。
Posted by 松村正直 at 2017年04月10日 06:22
花勝見はヒアフギアヤメですか、なるほどなるほど。「眼鏡」にルビ(めがね)かと勘違いしていましたが、「双眼鏡」全体にルビが付いているんですね。それなら納得です。
Posted by 中西亮太 at 2017年04月10日 10:10
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