2017年03月25日

坂井修一歌集 『青眼白眼』

2013年1月から2015年4月までの作品390首を収めた第10歌集。

山形産斎藤茂吉はぷつぷつと語尾を切りつつスマホのなかに
あわだちて命とならむ悲しみをこの蟷螂は生みてゐるなり
かまきりの泡の卵の乾くときくらくかがやくわれのまなこは
歩かない吊革とあそばない私会ひてわかるる冬の電車に
「脱衣所の壁を壊すな」張り紙を破りて壁は壊されてあり
同僚のKの怒りをよみかねてビネガーをふるピンクサーモン
世はなべてひとの搾め木か脳髄も搾められてくろき砂糖とならむ
うなぎ湯にゆふべのわれはほとびきて眠りてゆかむからだとこころ
つつぷして眠りこみたる十五秒 海底見えて蛸が這ひくも
富士となりそびゆとみれば崩れゆくひとりあそびの大根おろし

1首目、茂吉の朗読の声が入っているのだろう。「山形産斎藤茂吉」は茂吉の〈日本産狐は肉を食ひをはり平安の顔をしたる時の間〉などを思わせる。
2、3首目は、かまきりの産卵をじっと見ている歌。このあたりは茂吉っぽい詠み方である。
4首目、吊革は電車から出られないし、私にはのんびりする時間がない。
5首目、何度補修しても壊される壁。張り紙がむなしい。
6首目、何に怒っているのかよくわからないのだろう。
7首目、サトウキビから汁を搾るように、肉体だけでなく頭脳も日々搾られていく。
8首目、ひらがなが多くて、身も心も緩んでいく様子がよく伝わる。
9首目、わずかな時間に見た夢。相当疲れている感じだ。
10首目、円錐状になった大根おろしを「富士」に見立てている。

多忙な生活の中にあってふっと意識が逸れていったり死へと誘われたりする感じがしばしば詠まれていて印象に残った。

2017年3月1日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 09:27| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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