しない方がよい練習といふものはそれをたくさんした後わかる
河野美砂子
逆説を含んだ格言のような歌。ピアノの練習の話なのだろうが、他のいろいろなことにも当て嵌まりそうな気がする。
あかりひとつ消せば隣の部屋の声くきやかになるホテル東洋
小林真代
電気を消して部屋が暗くなると、聴覚が敏感になる。あまり防音が良くない少し古めかしいホテルが思い浮かぶ。
地穴子の弁当のへぎに輪ゴムかけ母との夕食六時に終えぬ
上條節子
昔ながらのへぎ板の箱に入った穴子弁当。年を取った母と二人で早い夕食をとる。穴子は母の好物なのかもしれない。
三十万も仔がいるという平茂勝(ひらしげかつ)は黒光りする
銅像の牛 北辻千展
三十万という数に驚くが、非常に優秀な種牛だったのだろう。「平茂勝」がまるで人名のように見えるところが面白い。
仏像の五指の反り見てしばらくをまねしてをりぬ仏のやうに
中野敏子
美しく伸びた指を見ているうちにふと真似したくなったのだろう。結句「仏のやうに」が不思議な味わいを生んでいる。
妖精のようだとわれは評されて焼き鳥、串から外しにくいね
白水麻衣
誉め言葉のつもりなのだろうが、言われてあまり嬉しい譬えでもない。下句の居酒屋の場面との取り合わせがいい。
願ひごとのせし土器(かはらけ)落ちゆくはあまた土器積りし
ところ 久岡貴子
土器投げで投げられた土器が、みな同じような所に落ちていくのだろう。本当にこれで願い事が叶うのかなあと苦笑しているような感じ。