俳人にして単身赴任中のサラリーマンでもある著者が、「飯を作る」「会社で働く」「妻に会う」「散歩をする」などのテーマごとに、自らの暮らしの話を交えながら俳句について記した本。文章が洗練されていて味わい深い。
俳句とは記憶の抽斗を開ける鍵のようなものだ。読者がそれぞれの抽斗を開けてそこに見出すものは同じではない。
俳句は日々の生活から離れた趣味の世界としてあるものではない。日々の生活とともにあって、それを大切な思い出に変えてくれるものである。
取り合わせの手法は五七五の短い詩型が豊かな内容を得るためにとても重要な働きをするのである。
一句の構造を切ることによって韻文としての格調を得る。(…)その間をああだこうだと理屈で埋めようとしないことが俳句にとって何より大事なことだ。
けっこう短歌とも共通する話が多いように思う。
引用されている俳句にも印象的なものが多い。
秋雨(あきさめ)の瓦斯(ガス)が飛びつく燐寸(マッチ)かな
中村汀女
除夜の妻白鳥のごと湯浴(ゆあ)みをり
森 澄雄
さくら咲く生者は死者に忘れられ
西村和子
死ぬときは箸置くやうに草の花
小川軽舟
一枚の餅のごとくに雪残る
川端茅舎
時間を見つけて句集も読んでいけたらと思う。
2016年12月25日、中公新書、780円。