2017年02月16日

関野裕之歌集 『石榴を食らえ』

「塔」所属の作者の第1歌集。

その頰に手触れるまでの歳月を弥勒菩薩は微笑みており
人の死をひとつふたつと数えきて童の歌のななつで終わる
開拓の跡地に続く林道の中程にあり首括りの木
子の折りし鶴の背中の夕明かりたれのひと世も寂しきものを
躍動は犬の形を脱ぎ捨てて茅花咲く野を駆けてゆきたり
壁に並ぶ少女の写真見つめつつ老女は主語を「私達」で語る
いつか命よみがえるまでの沈黙に冬の桜は空に根を張る
生餌という命もありて水槽に小赤百匹千五十円
そのながき死後の時間のひとときを吾が夢に来て父は帰りぬ
いまさらのように夕空晴れていて駅を出る人みな空を見る

1首目、広隆寺の弥勒菩薩像だろう。ガイドブックなどでは「右手をそっと頰に当て」と紹介されるが、実際には手は頬に触れていない。
2首目、子どもが無邪気に唄う数え歌。その歌詞はちょっと怖い。
3首目、開拓生活がうまく行かずに困窮して首を括ったという謂れがある木。
4首目、折り鶴の白い背中をほのかに照らす光。子の人生を思う作者の気持ちが深く滲む。
5首目、生き物としての本能が剝き出しになったようなはしゃぎぶり。
6首目、「ひめゆり平和祈念資料館」の一首。少女と老女はかつて同級生だったのだ。
7首目、冬空に伸びる細かな枝を「空に根を張る」と捉えたのがいい。
8首目、肉食魚などの餌にする金魚。一匹あたり10.5円の命。
9首目、単に父を偲ぶ歌ではない。どこか寂しい距離が感じられる。
10首目、朝から天気が悪かったのだろう。帰りに明るくなった空を「あれっ?」と意外そうな顔で見上げる人々の様子が目に浮かぶ。

2016年12月17日、青磁社、2500円。

posted by 松村正直 at 12:06| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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