2017年01月13日

馬場昭徳歌集 『風の手力』

2009年から2013年までの作品548首を収めた第4歌集。

坂と墓と馬鹿ばつかりの長崎の春の坂道ゆつくりのぼる
昭和二十年八月十日と刻まれし祖父の命日指もて撫でつ
貸し借りは借りへと傾きやすくして貸し借りのなきわれと樟の木
足元の闇の深さは思ふなく十階までを引き上げられつ
健康に悪きことすべてやめたりしその生活を思ひみてみよ
この国に四季あることの楽しくて季節の変り目ごとに風邪ひく
血を止めるための凝固を始めたり血であることを血はやめながら
丸餅の一個なれども新年といふ時を得て喉に喜ぶ
太陽の光と月の光では届く速さが違ふと思ふ
歩道になつたり車道になつたり公園になつたりしながら自転車で行く

1首目、音の響きの楽しい歌。地元長崎への愛を感じる。
2首目、原爆で亡くなった祖父。即死ではないところに、むしろ痛ましさを覚える。
3首目、飄々とした感じが良い。ユーモアも作者の持ち味。
4首目、もしもエレベーターの床が透明だったら、相当怖いだろう。
5首目、そんな生活はつまらないだろと言っているのだ。
6首目、上句から下句への展開に意外性とユーモアがある。
7首目、ただごと歌的な面白さのある歌。液体の血が固体に変化する。固まってしまうともう血ではない。
8首目、「喉に」の「に」が絶妙。
9首目、月の光の方がスピードが遅く感じられるのだろう。実際はもちろん同じ速さであるのだが。
10首目、文体が面白い歌。「歩道を通ったり」でなく「歩道になったり」としたのが良い。4句目までと結句とにねじれがある。

作者は長崎に住み竹山広に師事した人。一昨年、長崎で現代歌人集会の大会が開かれた時にお会いしたが、パネリストとして竹山広の歌を次々と暗誦するのが印象的であった。懇親会の席で「少なくとも300首は覚えていなくちゃ、師事なんて言えないよ」ともおっしゃっていた。

2014年3月30日、なんぷう堂、1200円。

posted by 松村正直 at 07:57| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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