2017年01月10日

染野太朗歌集 『人魚』


2010年から2015年までの作品を収めた第2歌集。

抱きしむる力に抱き返されたきを浅くながるる五月の水は
さびしさに呑み込まれつつ今ぼくはカリ活用を板書する人
しがみつくあれはぼくだな新宿の高層ビルの窓のひとつの
まっ白なカップの縁(ふち)にこびりつくカフェラテの泡 これは悔しさ
種をはずし皮をはがしてアボカドを切る感情はつねに正しい
ぼくの汗をとんぼが舐める舐めながら白い卵をなお産みつづく
生徒らがいっせいに椅子を持ち上げて机に載せるわが指示ののち
ひとり来て曲げれば秋の真ん中のぷぷぷぷと鳴る赤いストロー
聞いてる? と聞かれてちょっとうれしきを君が卵を溶く指速し
憲法ゆしたたる汗に潤える舌よあなたの全身を舐む

1首目、相手と自分の思いの強さがうまくつり合わないさびしさ。
3首目、窓拭きをしている人と読んだ。何かにやっとしがみついて生きている自分。
5首目、確かに感情は往々にして理性よりも正しい結論を導く。
6首目、実景のような、幻想のような、奇妙な生々しさがある。
7首目、掃除をするだけなのだが、「いっせいに」「指示」というところに、軍隊のような危うさが潜んでいる。
8首目、曲がるストロー。「ぷぷぷぷ」というオノマトペがいい。
10首目、政治と性を重ね合わせて詠んだ一連。古くからある手法だが、新たな可能性を感じる。

ネガティブな感情や胸の奥に潜む感情をどのように表現するかという点に注目・共感しながら読んだ。「充足」「舌」という二つの連作が特に印象的。

2016年12月31日、角川書店、2600円。

posted by 松村正直 at 16:14| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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