I−4、シネリーブルの最後列右端の席にけふも沈みをり
上杉和子
映画館に行った時にいつも選ぶお気に入りの席。前からABC・・・とあって一番後ろのI列。その列はおそらく変則的に4席しかないのだ。
ふたり居れば別れは必ず来るものを 分かりなさいと蝶が舞ひ
ゆく 野島光世
どちらか一方が死ぬにせよ出て行くにせよ、必ず別れの時は来る。「分かりなさい」は自分自身に言い聞かせている感じだろう。
睡蓮の鉢に空あり雀来てくちづけし後みづは残れり
清水弘子
鉢の水に映っていた空が、雀のくちばしが触れたとたん手品のようにパッと消えて、後には水だけが残っているような不思議な感じの歌。
見えずとも分水界のあることの、あなたは別の海にゆくひと
白石瑞紀
どんなに近くにいても、やがては別れる運命の人。「分水界」という比喩と、三句の「の」のつなぎ方が寂しさを滲ませている。
手をつなぎ見る曼珠沙華 他人には戻れないのがすこし寂しい
上澄 眠
二人は夫婦か恋人なのだろう。一度関係を結んでしまえば、たとえ別れたとしても再び全くの他人同士に戻ることはできない。
おのずから身を裂くことの熱量の柘榴、くりの実、飴いろの蟬
福西直美
熟して割れた柘榴、弾けた栗の毬、脱皮した蟬。内側から溢れ出るような力で自分を壊すものたち。その激しい情熱への憧れが作者にはあるのだろう。