2016年12月12日

小黒世茂歌集 『舟はゆりかご』

2012年から2016年の作品308首を収めた第5歌集。

国の名に穀物実るめでたさの粟は阿波国、黍は吉備国
うらら 小さき翅がくるぶしに生えるここちに海峡わたる
うつつ世をはなれ対馬に立つわれに三十一ヶ所砲台跡マップ
黒潮は渦の底よりうねりつつ鯛はけふより花の名冠る
虻のとぶ庭にぼんやり腰おろし髪梳きし祖母すすきかるかや
夕焼けのあとの朝焼け 瀬戸内は黒曜石に似たるしづけさ
おのおのの春を過ごして丘畑の初夏に会ひたり虻と羊蹄花(ぎしぎし)
窓ガラスに雨粒つぎつぎすべる日よ三時になりて三時のバス発つ
桟橋に舟を待たせてゐるからと友の末期の言葉はしづか
雪また雪 竹生島とは遠つ世に陸封されし白鯨ならむ

1首目、「あわ」と「あわのくに」、「きび」と「きびのくに」。発音が同じ面白さ。
4首目、桜鯛のことを詠んだ歌。「花の名冠る」がうまい。
5首目、「虻」「とぶ」「ぼんやり」、「梳き」「すすき」など、音のつながりが歌を作っている。記憶の中の祖母の姿。
7首目、「虻と羊蹄花」という意外性のあるもの同士の取り合わせがいい。「蝶と菜の花」ではダメだろう。
10首目、雪が積もった竹生島(琵琶湖の中にある島)を「白鯨」に喩えている。

あとがきに「日本の源流を探索する旅を続けてきた」と記す作者。様々な土地の風土や民俗に深い関心を持っており、それが歌にもよく表れている。

2016年10月15日、ながらみ書房、2800円。

posted by 松村正直 at 06:39| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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