2016年11月09日

佐太郎の言葉

思うところがあって古い「歩道」を読んでいる。
「歩道通信」に載っている佐藤佐太郎の文章を味わいながら読む。

蛇崩の道を往反し、途中喫茶店で一憩して即席の歌を考へたりする。さういふ毎日をくりかへしてゐる。かうして二日に一首、三日に一首といふ具合に作りためた歌を「歩道」に出す。(昭和53年7月号)
こんなに健康の具合が変つてゐては、たまに逢つた人は、挨拶にも困るだらうし、私も挨拶のしようがない。これから、私の健康について、訪問者はふれないやうにして貰ひたいし、私も話さない事にしようと思ふ。(昭和53年9月号)
そこにゆくと短歌はいい詩形だ。短歌ではこみいつた事は言へないし、また言ふ必要もないが、端的に思ふ事を言ふとしたら、これほど自分を表白し得る詩形はない。われわれは自信を以て短歌に傾倒していい。(昭和56年8月号)

どれもこれも、良い言葉だなと思う。
おそらく、短歌は一生をかけるに足るものだと70歳を超えた佐太郎は言っているのだ。

posted by 松村正直 at 22:49| Comment(0) | 短歌入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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