以前、軍馬についての文章を書いた際に、伊藤さんの『私の戦旅歌とその周辺』を随分と参考にさせていただいた。伊藤さんは戦時中、騎兵聯隊の一員として中国大陸を転戦された方で、短歌も詠まれている。
騎兵の乗馬法は、上手に乗ることではなく、長く、怪我をさせずに乗ることである。作戦間に馬が脚を痛めたり、鞍傷を起こしたりすると、どうしようもなくなる。鞍を置く時には、馬の背と鞍下毛布との間に異物(それがきわめて小さな塵でも)がはさまれていないかどうかに細心の注意をする。
こうした細かな点などは、実際に体験した人にしか書けないところと言っていいだろう。
耳もてば耳持たせつつ頸(くび)を寄すこの馬といて征旅を倦(う)まず
曳光弾馬の鬣(たてがみ)とすれすれに迫りくるなり遮二無二駈くる
馬は草を食(は)みつつもふと耳を上ぐ聞きそらすほど遠き砲声
『私の戦旅歌とその周辺』
ご冥福をお祈りします。