唇の乾けば熱の身も乾く棒鱈のように寝ているばかり
会ってからのあれやこれやを想像し会えばどれともちがうなりゆき
ケータイを開きしままに居眠ればケータイも眠るわが掌(て)の中で
色あせて捨てんとしたるブラウスの小さな染みもともに棄てんか
公孫樹(いちょう)の実小さきを一つ見つければつぎつぎと増ゆ目にみゆる青
何気なく履くスリッパにどことのう右ひだりありて履き替えている
一つ死をまなかに置きて蜘蛛の巣は秋の光の中にかがやく
羊の毛ぬぎて水鳥の毛のなかにもぐりぬ朝まで眠らんために
五百年千年立ちて立ちつづけ杉の木ついに天に届かず
三色ペンのまず黒が減り赤が減り残れる青を使わずに捨つ
1首目、熱で寝込んでいる時の歌。「棒鱈」という比喩が強烈だ。
3首目、ケータイの画面が暗くなっていたのだろう。
4首目、何か思い出のある染みなのかもしれない。「捨てん」「棄てん」と字を使い分けている。
5首目、一つ見つかると目が慣れて、他の実も見えるようになる。
7首目、蜘蛛の巣にかかった獲物を「一つ死」と言ったのがいい。
8首目、技巧的な歌。ウールの服を脱いで羽根布団の中に入る。
10首目、インクは同じ量だが三色同時になくなることはない。
2016年5月25日、北冬舎、2200円。